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ものわかりのわるい人になろう。

 本当に相手に伝わってるのかな?

 伝えたいことが映像やイメージとして
 浮かんでいるのに
 その物の名前が出てこなくて歯がゆい思いをした
 話をしていたときのことです。  
 
 伝えたいことを自分は分かっていて、
 相手も受け取ろうしてくれてはいるのですが、
 
「ほら、何とかっていう歌手の
       何とかっていうデビュー曲」がね・・・

 それで、「わかる、わかるぅ〜」と共有してみたけれど
 しばらく経って、それぞれが全く違う
 “ある歌手のデビュー曲”を想像していたことに
 気づいて、大笑い・・・

 一生懸命伝えてくれたけれど、伝わったのは
 とても曖昧なままの“ある歌手のデビュー曲”
 という情報でした。

 ものわかりのわるい人になるって???

 私達は、相手の話していることを
 言葉だけではなく、これまでの共有体験や
 文脈・話の流れで理解します。
 場合によっては、予測、類推で理解している
 つまり、自分のやり方で理解します。

 ですから、一見、情報不足に聞こえる
 「例のあれやってくれた?」のような指示でも、
 意味を理解しようとするし、
 一定のレベルで、それを可能にします。

 予測、類推ができる私達だからこそ
 その能力が望まない方向での
 コミュニケーションの理解を促すことが
 あり得るということです。

 簡単に言うと、相手の話を分かろうと
 ものわかりよくするあまり
 読み過ぎや読み間違いが
 起こってしまうかもしれない
 ということ気づけば良いだけなのです。
 
 ものわかりのわるい人になるというのは、
 相手の伝えることが上手く受け取れないとき
 あるいは、
 相手に自分の伝えることが伝えられないとき
 
 どんな風に、読み過ぎ、読み違いをしていたかを
 相手に質問できる人になろうという
 ことです。

 例えば・・・

 「今、話してた「ものわかりのわるい人」に
   ついて確認したいんだけど、
    「分からず屋」とは違うんだよね」

 ・・・こんな風に、自分の今考えている
    内容を相手に聞くこともできます。 

 もしかすると、話を何度も聞き返すと
 ものわかりのわるい人と思われないだろうか?
 そんな感覚が浮かぶ人がいるかもしれませんが、

 その感覚をひきだす
 「ものわかりのわるい人と思われないだろうか?」
 という言葉も、じつは自分の中の
 読み過ぎ、読み違いの場合が多いのです。

 相手の伝えたいこと、
 そして自分の伝えたいことを丁寧に扱う

 上手く伝わっていない言葉(の中身)を
 相手に確認するというのは、言葉とその中身を
 丁寧に扱うことになります。

 ・・・すくなくとも僕自身はそう思って
    相手に確認をします。

 自分がものわかりがわるい人であるかどうかよりも
 相手が伝えてくれていることが受け取れていない
 事の方が、僕にとっては嬉しくないことなので
 そうしています。

 そして、私達は話している相手の方と
 話やときに質問を重ねるうちに
 言葉の使い方や、背景、考え方に
 気づいて、共通の辞書のように共有できる
 様になりますから。
 すると、ものわかりのわるかった人 は、
 もっともわかり合える人に
 なっていくはずです。

・・・「何とかって歌手の・・・」が
   雑談でのだったので笑い話になりますが、
   これが、大切な打ち合わせや
   相談を受けている時にで起こっていたとしたら
   困りますものね。

 このメルマガ自体も言葉を使って
 お伝えしているのですから
 読んで下さる方に、読んでいただけるように
 書いてはいます
 が・・・時には、
 「これってどういうこと?」
 と思われたときには、ご質問もいただけると嬉しいです。

(初出 メルマガ “心がイキイキする言葉のフレッシュサラダ”2012.10.12一部改変)
http://nlpfield.jp/mailseminar.html

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