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問題は問題ではなくて、その問題にどう関わるかが問題なのだ

 今朝のメルマガ「問題」多すぎ?

 確かに今朝のタイトルは、「問題」という言葉は
 多すぎですが。それが、どのように私達に「問題」提起
 してくれると思いますか?

 昨年の東日本大震災に伴って起こった
 福島第一原発の事故から
 原発の安全性について、私達の問題意識は
 高まりました。
 
 結果、今、日本で稼働している原発は1カ所(2014年4月現在は0箇所)。

 よく考えてみて下さい。

 今、原発の安全性に問題があるとしたら
 それは、その利益を享受していた
 2年前と原発の安全性に関する問題は
 変わっていないはずです。
 
 でも、その問題に気づいた今、
 私達にとって、大きな問題となりました。

 問題そのものがどんな印象を与えるかが
     私達に問題をつきつけます。

 私達は、何かが起こってそれについて気づくと
 その起こったことに対して、「問題だ」と
 責めがちです。あるいは、そのまさに出来事
 (症状)を無くそうとします。
 しかし、植物が根を絶やさないと、春に芽が
 出てくるように、問題は、出来事を無くすように
 対応しても、また別の所から出てきます。

 問題と症状のたとえとして
 風邪の発熱がよく使われます。
 風邪をひいて熱が出ると、身体はだるくなりますし
 頭痛がしたり、集中力が下がったりします。
 
 仕事や何かをしようとする時
 行動を妨げる問題です。
 しかし、その熱の原因は身体の中に入った
 菌やウイルスなのですから、
 それが無くならない限り発熱は続きます。
 ・・・そもそも発熱自体が病気の原因を
    退治するために起こっているのですから。

 多くの場合「発熱」という問題には
 熱によって身体の内部(脳や内臓)に負担が
 かかりすぎない様に対処します。
 つまり、問題を無理矢理やっつけるのではなく
 気づいた問題と適度な距離をとるわけです。 
 
 問題として気づいた「発熱」には、
 根本の問題を解決する種があったからです。

 つまり、症状をヒントに問題の根本と
 向き合うことができる可能性が高まるわけです。
  
 問題を放置したり、問題を無き者にしようとすると
 却って、問題が悪化する。
 ・・・風邪であれば長引いたり、
 こじらせたりするということになり得るのです。

 もし、今、気づいている問題があるならば
   その問題がどうして問題なのか、向き合ってみよう

 問題というのは、いつでも
 突然気づくことになります。
 しかし、気づくまでは、何もなかったように
 問題と後になるコトも、知らずに
 クリア(ラッキーかもしれませんが)
 していたのです。

 ですから、問題に気づいたからと言って、
 急に慌てる必要はないのです。 

 なにしろ、気づくその寸前までは、
 「問題」ではなかったのですから。

 むしろ、「問題」と出会った時に
 それとどう向き合うか、どう付き合うかを
 丁寧に考える事が、大切だし、できます。

 それよりも、見つけた問題をないものにしたり、
 無理矢理、極論で殲滅しようとしたりすると
 結局こじらせてしまうはずです・・・風邪のように。

 今回の地震で起こった原発事故自体、
 福島を始めとした広い地域に、大きな被害、影響を
 与えました。
 そして、その恩恵に、実は既にあった問題に
 気づかずに、それを受け取ってきた私達がいます。

 書いている私自身、原発という技術や産業を
 どう向き合って、どう付き合って行くかを
 自分自身で決めるときだと思っています。

 そのために、もう一つの問題、正確な情報が
 隠されてしまっていたかもしれないということで
 生まれた、国や電力会社さんへの疑念
 そしてまた、日本という国が国民を本当に
 信じてくれているのかという疑念
 
 この辺りが今後数十年の日本を元気にするための
 問題なのかも知れません。
 
 皆さんだったら同これらの問題と
             付き合いますか?

(初出 メルマガ “心がイキイキする言葉のフレッシュサラダ”2012.11.2一部改変)
http://nlpfield.jp/mailseminar.html

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