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▽▲〜したいか、〜したくないか、めいっぱい単純化して比べてみる▲▽

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一度は、「全てから自由になりたい」と
思ったことはありませんか?

僕はありますよ〜(軽いですよね、僕)

その頃は自分にとって、
あれをしなさい、これをしなさいと
言われて、
そのこと自体は、やりたいこと、
あるいは、後になってみれば、
役に立ったことだったのではありますが、

とにかく、何か縛られている感じが
イヤでイヤでたまらない。

・・・自分にとって欲しくない状況でした
いや、欲しくないと“感じていた”状況でした。

もしも、あの時、何も言われず、
自由に出来ていたら・・・どうだっただろうか?
と想像してみると、

あの時感じていた“欲しくない”とは
違った場所、ポイントで
“欲しくない”状況が合った気がします。

なぜなら
「自由」についてくる「自分の責任」
 簡単にいうと「誰の所為にもできない」と
 いうこと。

つまり、
「自由」には自由なりの
「不自由」には不自由なりの
 自分に取って、好ましくないことがあって、

どの選択をしても
それぞれの選択に、それぞれの好ましくないことが
起こるものです。

そして、忘れていけないことは、
自分に取って好ましくないことばかり
気にしていると

本当に好ましい、欲しいものは
手に入らないかもしれないと言うこと。

これまでの人生も、これからの人生も
いくつもの選択の場面があったし、あるでしょう

そして、そのそれぞれに
好ましい側面と、好ましくない側面は
あったし、あるはずです。

・・・だから、好ましい、欲しいと思ったら
   一度、その「好ましさ、欲しさ」を
   目一杯、知ることは大切です。

「欲しくない」から逃げても
「欲しいもの」は手に入るとは限りませんが、
「欲しいもの」を探求すれば
 それは手に入ります。

「欲しくない」を避けるのは
 「欲しいもの」手に入れる一つのプロセス
  なのだ。と個人的に思います。

私達は究極、自分にとって
「好ましい≒おもしろい」か
  「好ましくない≒おもしろくない」 かで
判断しています。

そして、普段、
手に入れる、あるいは、避ける。
どちらに意識が行くかを
思い出してみて下さい。

偏っているとしたら、
折角の選択の機会の可能性を小さくしているかもしれませんよ。
いずれにしても、その「好ましい/好ましくない」の情報が
豊かであればあるほど、
あなたにとって、価値のある決断が
しやすくなるはずですよね。

Image credit: kornilov14 / 123RF ストックフォト

(初出 Facebook NLPフィールドCafe2013.4.24 一部改変)
http://www.facebook.com/nlpfieldcafe

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