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正解のない人生…正解しかない人生… 〜 自由に、“我が”ままに生きる

正解のない人生…正解しかない人生… 〜 自由に、“我が”ままに生きる

 『「正解」はない。』ということは?

 「1+1はどうして2なのですか?」

 エジソンが子供の頃に持った疑問だと
 言われています。

 ・・・あなたならば、エジソン君にどう説明しますか?

 確かに、物事を計算するという側面において
 1+1=2 という数式は
 ルール通りです。ですから正解ですし、
 「計算」という共通のルールを知るという
 意味では「正解」はあります。

 しかし、子供は、融通無碍ですから
 「1+1 は 90°傾けたら“王” とか
  1+1 は たんぼの“田” 」というように
  見た図形として捉えることができます。
  …そう捉えても良いのです。

 私達は、受験等を通して「正解」のある
 世界を体験してきました。

 …しかし考えてみて下さい
  30年ほど前、
    鎌倉幕府の成立  1192年
    法隆寺を建てた人 聖徳太子
  これが、「正解」だったはずのに

 今違いますよね…
 その「正解」を追求してきたはずの
 知識でしたよね。

 「正解」というのは、一つの基準に
  照らし合わせたときの、評価ですから。
 
 もしかすると「正解」は
 あるように見えて、ないもの
 ないように見えて、あるもの です。

 「正解」がなければ、どうすりゃいいんだ!

 実はそれ程、心配する必要はありません。

 何かの試験を受けているとしたら
 そこには、出題者の明確な基準があり、
 それに適する、適さないの判断基準として
 「正解」が存在します。

 「正解」とは 
  丁度、ゲームの勝ち方のような物です。

 スポーツやゲームにはルールが有り、
 そのルールには勝利の基準があります。

 野球は、相手よりも点数を沢山とれば勝ちですが、
 ゴルフは、相手よりも点数(打数)を少なくすると
 勝ちになります。
 
 ババ抜きでは、自分の手札を減らした方が勝ちですが
 オセロでは、自分の手駒(色)を増やした方が
 勝ちになります。
 
 それぞれの「正解」は、それぞれのゲームの
 「勝ち」を決めるものですが
 それが、それ以外のゲーム、ルールの下では
 機能しません。

 「正解」を求めるとき
 本来的そのゲームのルールを
 私達は、探ればよかったということです。
 
 「正解」を暗記的に知るだけではなく
 「正解」を探求するプロセスを
 自分なりに知っておくことが
 その助けになります。 

 正解が「ない」のではなく
        全てが「正解」なのだ

 「これまでに経験したことのない…」
 これは、昨今気象状況において使われる
 フレーズですが、少なくとも日本において
 これまで30年とこれからの30年とにおいては
 
  少子高齢化、情報化、多様化、国際化
  
 理由はどうあれ、私達の社会において
 ゲームのルールは、どうも、変化が大きくなって
 いるようです。

 昨日まで、バレーボールのつもりで
 試合に出ていたのに
 いつの間にか、サッカーになっていて
 「手を使って、反則???」

 競技の種類がボーダレスに変わるがごとく、
 受験的な「正解」がない。
 と言えるかもしれません。

 しかし「正解」はあります。
 全てが正解になり得ます。

 「正解」を探求する。
 それは、視野や感性を絞らずに
 可能性を探究すること

 これまでの「不正解」にしていた
 エリアにも「答え」があります。

 私達が今の社会を生きて行くのに
 この類の、柔軟性、包容力が
 求められていくはずなのです。 
 
 これもまた、私がお届けしたい
 “「我がまま」に生きるため”のNLP
 がお伝えしているモノになります。

 あなたの人生の旅路、冒険を
 支える“力”を学び、身につけることなのです。

 では良い週末を。

Image credit: antonioguillem / 123RF ストックフォト

(初出 メルマガ “心がイキイキする言葉のフレッシュサラダ”2013.10.25 一部改変)
http://nlpfield.jp/mailseminar.html

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