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“そうじゃないだろ!”って、そうじゃないだろ?

“そうじゃないだろ!”って、そうじゃないだろ?

スポーツ観戦の醍醐味の一つと言えば、
 「○○そこは、パスだろ!」とか
 「いやいや、今のは見送りじゃないだろ」とか
 「その攻め方は、ないわ~」とか
まるで、自分がプレイヤーに、指示を出すかのごとく
一つ一つのプレイに口を出すこと(実際は届きませんが(笑))

試合と一体感を持って観戦できるとそれはそれで
楽しいことですよね。

それでもいくら、“そうじゃないだろ”って、観客(席)で
言ったとしても、それは、後出しジャンケンと同じように、
瞬時の判断じゃなければ、全体を見ることが出来れば
より“容易”な訳で・・・

 なのに、ちょっと上から目線で、ってまさに
 観客として、俯瞰できているので、上から
 “そうじゃないだろ!!”って、言っちゃってるかも。

 同じようなことが、
  経験の多い先輩から、上司から、親から、先生から
 来ます。
 必死に頑張っている、本人としては、
 今、現場で(スポーツで言えばフィールドで)
 当事者として、頑張ったり、もがいたり、向き合ったり
 していることへの、敬意なく
 「上から」「したり顔」で、意見が来る。

・・・いやいやいや、“お前さぁ、そうじゃないだろ!!”って
   そうじゃないだろといいたくなる。

 先輩や経験者のアドバイスが正しい、正しくないではなく
 “そうじゃないだろ”が、
 頑張って、もがいて、向き合っている“自分全体”の
 否定に聞こえちゃうってこと。

 …ココに気づかないと、善意のアドバイスが
  嫌がらせや、パワハラに受け取られちゃうわけで…

相手が、どう受け取るかが、あなたの発言や態度に対する
評価となって帰ってくる。

・・・そう、選手へは直接届かない、観客席や
   テレビの前で 
  「○○そこは、こうだろ!」とか
  「いやいや、今のはそうじゃないだろ」とか
  「そのやり方は、ないわ~」と
   プレイヤーに、指示を出すのとは違って
どれだけ、当事者である相手に敬意を払えているかが
結果、あなたの思い、善意のアドバイスが、アドバイスとして
教育が教育として、相手の成長への願いがその願いとして
伝わる違いを作っているとしたら…

ちょっと、上から言ってしまっていた

 “そうじゃないだろ!”って、その言い方じゃなかったって思いません?

(初出 アメブロ“ひじま・まさき”のブログ 2015.2.27 一部改変)
http://ameblo.jp/awakeners/


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